
「いつか、活気ある大企業の事務員として働いてみたい」
ずっと、そんな淡い憧れを抱いていました。
その会社は、大阪に本拠を置く、創業130年を超える歴史ある企業グループの一角でした。
単なる事務職ではなく、1,000人規模の組織を支える一員になれる……。
還暦目前の私にとって、それはあまりに眩しいチャンスでした。
しかし、現実は厳しいもの。この60歳を目前にした年齢で、しかも即戦力と言えるほどのスキルもない私を採用してくれる会社なんてあるはずがない。そう自分に言い聞かせ、諦めていたんです。
でも、運命は意外な方向へ動き出しました。
世間では「50代の派遣は採用されにくい」「紹介される案件が少ない」と言われていますが、実際は違いました。
私の身に起こった、常識を覆す「奇跡の採用」。
そして、入社からわずか90日で突きつけられた「派遣切り」という結末。
私がどのようにしてそのチャンスを掴み、そしてなぜ、短期間で職場を去ることになったのか。その理由を、包み隠さず正直にお話ししたいと思います。
なぜ57歳の私が、あえて「派遣」という働き方を選んだのか?
私が派遣の仕事探しに乗り出したのは、前職での苦い経験がきっかけでした。
以前は小さな会社で、週4〜6日のパート事務員として働いていました。
11時から20時までのフルタイム勤務。しかし、その職場には大きな問題がありました。
「シフトが決まるのがわずか2日前」という、あまりに不安定な環境だったのです。
急に仕事が入るため、プライベートの予定は一切立てられません。
さらに、上司の機嫌一つで仕事量が激変し、理不尽な扱いを受けても相談できる相手さえいない……。そんな孤独な状況に心身ともに限界を感じ、私は退職を決意しました。
孤独な闘いから「守られる働き方」へ
「もう、一人で理不尽を抱え込みたくない」
そう切実に願っていた私にとって、派遣会社は救いの手に見えました。
もし派遣社員として働けば、私と企業の間には「派遣担当者(営業担当)」という心強い味方がいてくれます。
- 就業先との煩わしいやり取りを代行・サポートしてくれる
- 現場で困ったことがあれば、親身に相談に乗ってくれる
- 契約更新や条件交渉を、プロの視点で進めてくれる
「独りじゃない」という安心感。それこそが、57歳の私が次に選ぶべき、再出発のための絶対条件でした。こうして私は、派遣会社への登録を心に決めたのです。
57歳、初めての派遣登録。甘くなかった現実
私にとって、派遣という世界は未知の領域。
まずはネットで「50代 派遣 事務」と検索し、求人数が多そうな大手の派遣会社に登録しました。
いくつか気になる案件を見つけ、期待に胸を膨らませてエントリー。「すぐに仕事が決まるかも」と楽観視していた私を待っていたのは、厳しい現実でした。
1週間経っても連絡はなく、こちらから問い合わせても返ってくるのは頼りない言葉ばかり。
「企業様からの返答がまだで……」
「すでにエントリーが終了しておりまして……」
50代、やはり年齢の壁は厚いのかと、見えないハードルに心が折れそうになる日々が続きました。
1社に絞るのは危険!「5社登録」で見えてきた戦略
そこで私は学びました。派遣会社は1社に頼り切ってはダメだということを。
改めて「派遣会社 人気 評判」をリサーチすると、各社には明確な「得意分野」や「特徴」があることが分かりました。
- 大手有名企業の案件に強い会社
- 正社員登用(紹介予定派遣)に特化した会社
- 事務職や特定の資格職に強みを持つ会社
自分に合う会社を見極めるため、事務職に強い数社へ追加登録。最終的に私は合計5社の派遣会社に登録しました。
一般的には「平均3社程度」と言われますが、57歳の再出発において、「営業担当者との相性」を比較する意味でも、5社程度の登録は決して多くありません。
選択肢を広げ、めげずにエントリーを続けた結果、少しずつ反応が返ってくるようになったのです。
そんなある日、私のスマホに1本の電話が入りました。
その電話が、私の人生を大きく揺るがす「奇跡」の幕開けになるとは、この時の私はまだ知る由もありませんでした。
57歳、どん底からの「一発採用」という奇跡

年齢の壁と消えていく貯金。焦燥感の日々。
「50代後半での事務職採用は、やはり絶望的なのか……」
ネットで「50代 派遣 採用されない」「事務 未経験 厳しい」といった言葉が並ぶのを見るたび、私は年齢を理由に諦めかけていました。
当時の私は、生活への不安がピークに達していました。底をつきかける貯金、受給までまだ数年ある年金。「このままでは本当にまずい」という抜き差しならない焦燥感に、夜も眠れない日々が続いていたのです。
しかし、諦めずに登録数を5社にまで増やしたことが、運命を分けることになりました。
運命の1本。「ぜひ来てほしい」という言葉に震えた日
5社目に登録した派遣会社の担当者から、驚くほど早く連絡が入ったのはそんな時でした。
「大阪の歴史ある不動産会社で、事務の求人が出ました。ご紹介してもよろしいですか?」
その言葉に、私は食い気味に「はい!」と即答していました。
藁にもすがる思いで臨んだ面談。
その日のうちに届いたのは、まさかの「一発採用」の知らせでした。
「ぜひ、あなたに来てほしい」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた糸が切れ、安堵で涙が止まりませんでした。
仕事探しを始めて約3週間。「やっと社会に戻れる」「これでまた生きていける」……
目の前の景色が、一気に明るく開けていくようでした。
退路を断ち、この場所にすべてをかける
正式に採用が決まり、健康保険や厚生年金の手続きも完了。
私は「ここで腰を据えて働こう」と心に決め、他の派遣会社の登録をすべて解約しました。
57歳、ようやく見つけた大切な居場所。
この「奇跡の採用」に報いるため、すべてをかける覚悟で新しい門出に立ちました。
しかし、この時の私はまだ、この「理想の職場」がわずか90日で消えてなくなることなど、微塵も疑っていませんでした。
「面接」ではない「顔合わせ」に潜んでいた罠
採用担当ではなく「他部署の社員」との面談
派遣という働き方では、企業と直接雇用を結ぶわけではありません。
雇用主はあくまで派遣会社。そのため、就業前に行われるのは「面接」ではなく、「面談」や「顔合わせ」と呼ばれる場です。
職場の雰囲気を確認し、仕事内容の説明を受ける最終確認の場。私の面談相手は、人事の採用担当者でも、配属先のリーダーでもなく、なぜか「まったく別部署の一般社員」の方でした。
今思えば、この時点で少し不思議に思うべきだったのかもしれません。
「初心者でも大丈夫」その言葉を信じて
面談の席で、私は自分の実力を正直に、ありのまま伝えました。
「不動産に関する知識も経験も、一切ありません」
「パソコンスキルも、基本的な入力ができる程度の初心者レベルです」
57歳の再出発。嘘をついて後で困るのは自分だと思ったからです。
しかし、その社員の方は明るくこう言いました。
「簡単な入力ができれば問題ありませんよ。主な業務は確認作業なので、それさえできれば大丈夫です」
「それほど大変な作業はありませんから、安心してくださいね」
その優しい言葉に、私の不安は一気に吹き飛びました。「これなら私にも貢献できるかもしれない!」と、新しい仕事へのワクワクした気持ちで胸がいっぱいになったのです。
動き出した運命の歯車
「未経験でも、57歳でも、温かく迎え入れてくれる場所がある」
そう確信した私は、最高の再スタートを切ったつもりでいました。
しかし、この時交わした「簡単な作業」という言葉の定義が、私と会社側で大きく食い違っていたことに気づくのは、働き始めてすぐのことでした。
「簡単な作業」の正体と、57歳の孤独な闘い

華やかな大手不動産会社、その舞台裏
私が配属されたのは、テレビCMでも見かける大阪のゼネコン機能を有する総合デベロッパー。
知名度もあり、オフィスも活気に溢れていました。
初日は派遣会社の営業担当が同行してくれ、「この会社で頑張ろう」と心から思える、順調な滑り出しでした。
しかし、その高揚感はすぐに、2月・3月の「繁忙期」という荒波に飲み込まれていきました。
「初心者歓迎」という言葉の裏に隠された、過酷な現場
入社1ヶ月。私はある違和感を抱き始めていました。
「大変な業務はない」という面談時の説明とは裏腹に、待っていたのは研修なしの「ぶっつけ本番」スタイル。
現場には「実践で覚えてください」という殺伐とした空気が流れていました。
1. 求められる「異常なスピード」とPCスキルの壁
不動産事務は、想像を絶するマルチタスクの世界でした。電話対応の合間に書類をスキャンし、独自システムにデータを打ち込む。
「え、まだ入力終わってないんですか?」
年下社員の冷ややかな一言が胸に突き刺さります。
ショートカットキーを駆使する彼らと、一歩ずつ確認しながら進める私。
その埋めがたい差に、自信は音を立てて崩れていきました。
2. 飛び交う「専門用語」という名の呪文
「重説(じゅうせつ)届いた?」
「決済の着金確認して!」
初日から飛び交う業界用語に、私は立ち尽くすしかありません。
57歳という年齢から「経験豊富」と誤解されがちですが、業界が変われば赤子同然です。
「前にも言いましたよね?」
忙しさでピリピリする正社員の方々に、次第に質問することさえ怖くなっていきました。
3. 「年上なのにできない」という、自分を縛る呪縛
職場は20〜40代が中心。彼らはPC操作も早く、まさに「即戦力」でした。
一方の私は、何もかもが初めての50代。代後半の人間。「迷惑をかけたくない」「年上なのに無能だと思われたくない」……。
そのプライドと責任感が仇となり、誰にも助けを求められないまま、孤独と焦りで心がじわじわと削られていったのです。
どん底の私を支えた、唯一の「逃げ道」
「私、この仕事に向いてないのかもしれない…」
毎日自分を責め、出口のないトンネルを歩いているようでした。それでも何とか踏みとどまれたのは、派遣会社の営業担当にすべてを打ち明けられたからです。
「一人で抱え込まなくていいんですよ」
その言葉にどれほど救われたか。
皮肉にも、仕事で追い詰められたことで、改めて「派遣という働き方を選んで良かった」と痛感していました。
「更新はありません」
――3ヶ月で断ち切られた希望

50代派遣のリアル。検索窓に並ぶ「契約終了」の文字
「50代 派遣 切り」
「3ヶ月 更新されない」
ネットの検索窓に並ぶこれらの言葉は、決して他人事ではありませんでした。
年齢を問わず、短期で契約を打ち切られる不安と戦っている人は、想像以上に多いのです。
そして、私もまた、その過酷な現実の当事者となりました。
期待から絶望へ。電話越しの一言で凍りついた心
就業から2ヶ月ほどした頃、私は派遣担当者との面談で迷わず「更新希望」を伝えました。
「これで次の更新まで働ける」
そう信じ、ようやく仕事のペースを掴みかけていた矢先のことです。面談からわずか1週間後。私のスマホに、担当者からの着信がありました。
「……今回の契約ですが、更新はありません」
その一言が、冷たく耳の奥で反響しました。
心臓の鼓動が早まり、一瞬で頭が真っ白になりました。
あんなに必死に食らいついて、毎日必死にキーボードを叩いたのに。
「どうして? 何がいけなかったの?」
悔しさと情けなさが混ざり合い、視界が滲みました。
57歳でようやく掴んだ「居場所」が、砂の城のように崩れ去っていく。
現実を受け止めるには、あまりに重すぎる宣告でした。
絶望の先に見えた、一つの真実
どん底の気分で、私はこの2ヶ月間を何度も、何度も振り返りました。
自分のミス、スキルの不足、年齢の壁……自分を責める理由はいくらでも見つかりました。
しかし、冷静に状況を整理していくうちに、ようやく一つの真実に辿り着いたのです。
この「派遣切り」という結末は、決して私一人のせいではなかったのだと。
なぜ私は90日で切られたのか?
見えてきた「構造的ミスマッチ」

決定打は、会社側との「条件のミスマッチ」
たった90日で契約終了という非情な宣告。
その要因を冷静にひも解いていくと、ある一つの結論に辿り着きました。
それは、私自身のスキル不足以前に、派遣先企業との間に横たわっていた決定的な「条件のミスマッチ」です。
現場を知らない面談相手が生んだ「情報の歪み」
思い返せば、最初のボタンの掛け違いは「会社見学」の日にすでに起きていました。
あの日、私を面談したのは人事担当者でも配属先のリーダーでもなく、「現場とは無関係な部署の一般社員」でした。
その方は笑顔で「簡単な入力ができれば大丈夫」と言い切りましたが、実際に配属された部署で待っていたのは、一分の隙も許されないスピードと正確さを要する基幹業務だったのです。
おそらく、面談した社員は現場の過酷な実態を正しく把握していなかったのでしょう。
私が「パソコンは初心者レベルです」と正直に伝えたリスクも、現場の指揮官には一言も共有されていなかった可能性が高いのです。
「私一人のせい」ではないという気づき
「どうして、私だけがダメだったんだろう……」
当初は自分を責め、夜も眠れないほど落ち込みました。
しかし、時間が経つにつれて見えてきたのは、私個人の問題ではなく、派遣という働き方が抱える「構造的なミスマッチ」の姿でした。
現場が求める「即戦力」と、採用側が提示した「初心者歓迎」という甘い言葉。
その深い溝に、57歳の私が放り込まれてしまった——。
それが、この90日間の悲劇の正体だったのです。
無職の不安を打ち消す、57歳の私が取った「3つの具体策」
派遣切りを宣告された直後、私の心を支配したのは「二度とあのどん底の不安に戻りたくない」という切実な思いでした。
ネットで「50代 派遣 無職」「仕事がない」といった暗い言葉を見るたび、足がすくみそうになります。でも、私は断言します。57歳の私でも、わずか3週間で次の一歩を踏み出せました。
90日で契約が終わったとしても、そこで得た経験は決して無駄にはなりません。
不安を「行動」で上書きするために、私が実際に効果を実感した「3つの対策」をお伝えします。
行動1:1社に固執せず「複数登録」でリスクを分散する
最大の反省は、採用が決まった瞬間に他の派遣会社をすべて解約してしまったことでした。
それが「逃げ場」をなくす最大のリスクだったのです。
「50代は案件が少ない」というのは思い込みに過ぎません。
複数の窓口を持つことは、仕事が途切れないための最強の「保険」になります。
- 50代・シニア層に実績のある大手
- 専門職(事務など)に特化した会社
- 地元の求人に強い地域密着型
この3タイプを組み合わせることで、「選べる立場」になり、心の余裕が劇的に変わりました。
私が実際に活用した派遣会社リストはこちら
- キャリアリンク
官公庁・事務系に強い。安定感がある。 - ジョブコレ
短期・単発に強い。スピード重視。 - アスタッフ
軽作業やイベント系に強い。地域密着型。 - FIDIA SOLUTIONS(フィディア・ソリューションズ)
若手層が中心。販売や営業代行など柔軟性がある。 - リクルートスタッフィング
大手企業案件が豊富。事務職に強い大手派遣会社。

行動2:武器を持つ。年齢を言い訳にしない「資格検討」
現場で痛感したのは、やはりスキルの差でした。
そこで「今の自分に何ができるか」を問い直し、自分の価値を底上げするための準備を始めました。
- 医療事務・調剤事務(安定した需要)
- 宅建(不動産業界でのリベンジに)
- 簿記(事務職としての信頼向上)
「今さら勉強なんて」という心の壁を壊し、資料を比較し始めただけで、不思議と気持ちが前向きに変わっていきました。資格は、何歳からでもあなたの強力な「盾」になります。
まずは「知ること」から始めてみませんか?
私が実際に活用した、無料でスキルアップの資料を取り寄せられる窓口をご紹介します。
いきなり申し込むのはハードルが高いですが、まずはパンフレットを眺めて「自分ならどれができるか」をイメージするだけで、未来が少しずつ明るく見えてくるはずです。
無料で資料をまとめて取り寄せたい」という時に、信頼されている窓口を2つ挙げておきます。
- ユーキャン
- BrushUP学び(ブラッシュアップ学び)
行動3:お金の正体を知り「心の安定」を確保する
無職の恐怖の本質は「お金」です。
家賃や生活費を考えて眠れない夜を過ごす前に、私は徹底的に現実と向き合いました。
- 固定費の徹底的な見直し
- 利用できる公的支援制度の確認
- 万が一のための債務整理・家計再生の知識習得
「知っている」だけで、人生の選択肢は広がります。
最悪の事態への備えがあるからこそ、今の私はまた前を向いて歩き出せています。
お金、仕事、住宅など、生活に関するお悩みは「厚生労働省」のこちらの窓口にご相談ください。
💡 再出発を目指すあなたへ

ミスマッチを防ぐ3つの鉄則
今回の経験から学んだ、二度と「派遣切り」に泣かないための教訓です。
- 「できないこと」を勇気を持って伝える
見栄を張らず、今のスキルを正直に申告することが、自分を守る最大の防衛策になります。 - 自分の能力を誇張しない
「できます」と言いたい気持ちを抑え、等身大の自分で勝負することが、長期雇用の近道です。 - 違和感はすぐに「営業担当」へ
現場での疑問を放置せず、プロの仲介役を味方につけて早期解決を図りましょう。
これらを意識するだけで、会社とのボタンの掛け違いは防げます。57歳、私たちの挑戦はここからが本番です。
まとめ
57歳、ここから始まる本当の再出発
たった90日で「派遣切り」に遭ったあの日。
正直に言えば、今でもその悔しさが込み上げ、胸が締め付けられることがあります。
けれど、あの痛烈な経験があったからこそ、私は確信を持って言えるようになりました。
「50代からの働き方は、事前の『備え』と自らの『選択』で、いくらでも変えられる」ということを。
絶望を希望に変える「検索」の力
立ち止まりそうになった時、私は何度も検索しました。
「50代 派遣 再出発」「50代 無職 立て直し」。そこには同じ悩みを持つ仲間の声や、50代・60代を歓迎する派遣会社など、未来に繋がる情報が溢れていました。
派遣という働き方には、時に理不尽な通告や、やり場のない孤独もあります。
しかし、その環境を嘆くだけでは、明日は変わりません。私が再び前を向けたのは、以下の「3つの具体的な一歩」を踏み出したからです。
- 1社、2社だけでなく5つの派遣会社に登録し、「選べる自分」を確保したこと
- 資格取得を検討し、「自分の武器」を磨き始めたこと
- 家計と公的制度を見直し、「お金の不安」を可視化したこと
年齢は「壁」ではなく「深み」になる
50代からの再出発は、決して楽な道ではありません。しかし、決して不可能でもありません。
これまで積み重ねてきた人生の厚み、土壇場で踏ん張れる強さ。それらは、20代や30代にはない、私たち世代だけの確かな「力」です。
もし今、あなたが将来に不安を感じ、足が止まっているのなら。どうか今日、小さな一歩だけでいいので、動いてみてください。
- 今よりも1社多く派遣会社に登録する。
- 1冊、資格のパンフレットを取り寄せる。
その「小さな選択」の積み重ねが、数ヶ月後のあなたを、今とは全く違う明るい場所へと連れて行ってくれるはずです。
あなたのこれからの人生が、誇りと希望に満ちたものになることを、同じ空の下から心より応援しています。